「縄文意識」とは、己が生業に全力で勤しみ、無我や没自然の境地となって真の自己を解き放ち、あるがままの姿で自由に生き切っていく意識のこと。=0意識(私=0=∞)=ゼロ・ポイント・フィールド。
吉川さん:画面中央では、主役の巨木と富士が激しい相克を展開し、それと対極するようにあたかも脇役の雲と草木とが協調するよう演出する。
そして絵を二分割するかのように最前面に配置された巨木がもたらす否定的な効果をできるだけ緩和し、全体として秩序ある一枚の絵としてまとまるように配慮する。それが、雲と草木(あるいは枝葉)とがひとえに相似形をなすよう仕向けた北斎の意図ではなかったかと推察しています。
ところで、筆者は先に『神道の源流「縄文」からのメッセージ』において、小林達雄氏や岡本太郎氏の好論を紹介しながら縄文人の景観づくりについて、以下2点を論じました。
①神南備が望める絶景を必ず視野に入れ意識しながら、その絶景を近景として引き
寄せるようにして記念モニュメント(巨木柱列・環状列石・環状土手)が造営され
ている。
②中・近世の日本庭園における高度な技術である「借景」にも、①が多大なる影響
を与え、縄文以来の感性が生きている。
この論を援用し、改めて『甲州三嶌越』の主役である近景の巨木と遠景の富士との強烈な一騎打ちに注視すると、そこには縄文以来の日本庭園における借景技術の粋が北斎によって見事に反映されていることを理解できるのではないでしょうか。
そして更に神道的知見から、この巨木を能舞台正面の鏡板の「老松」(※)に比するならば、近景の巨木は神々が招来される最もシンプルで清楚な祭祀施設の「神籬」に、遠景の富士は「磐座」や「磐境」に相当すると思考されて仕方がないのですが如何でしょうか。
※能舞台という空間が、正面の鏡板に描かれた1本の老松によって成立しているように、縄文の人々の造った記念物には視野の中に三輪山型の山が入るようになっている(小林達雄著『縄文文化が日本人の未来を拓く』より)。
『日本書紀』巻第二には次のような高皇産霊尊が下された「神籬磐境の神勅」が記載されています。
高皇産霊尊、因りて勅して曰はく、「吾は天津神籬及び天津磐境を起し樹てて、
當に吾孫の為に斎ひ奉らむ。汝、天児屋命・太玉命は、天津神籬を持ちて、
葦原中国に降りて、亦吾孫の為に斎ひ奉れ」とのたまふ。
【大意】高皇産霊尊が勅していわれるには「私は天津神籬(=神の降臨される樹木)
及び天津磐境(=神の降臨される石囲いの区画)を起こし立てて、吾孫のためにい
わい祭ろう。天児屋命・太玉命は、天津神籬を持って葦原中国に降ってつつしんで
祭りなさい」といわれた。
また同書巻第五の崇神天皇六年の条には伊勢神宮の創始にまつわる左の神籬磐境祭祀の古伝承も見受けられるのです。
是より先に、天照大神・倭大国魂、二の神を、天皇の大殿の内に並祭る。
然して其の神の勢を畏りて、共に住みたまふに安からず。故、天照大神を
以ては、豊鍬入姫命に託けまつりて、倭の笠縫邑に祭る。仍りて磯堅城の
神籬を立つ。
【大意】これより先、天照大神・倭大国魂の二神は天皇の御殿内で共にお祭り
されていたが、それらの神々の勢いを畏れて共に住むことに不安があった。
そこで天照大神は豊鍬入姫命に託して倭の笠縫邑でお祭り申し上げた。
よって堅固な石囲いの区画に神籬をお立て申し上げた。

財団法人 東京富士美術館収蔵
https://www.fujibi.or.jp/our-collection/profile-of-works.html?work_id=6153
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吉川 竜実さんプロフィール
神宮参事・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。
平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第62回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。
知っているようで知らないことが多い「神道」。『神道ことはじめ』は、そのイロハを、吉川竜実さんが、気さくで楽しく慈しみ深いお人柄そのままに、わかりやすく教えてくれます。読むだけで天とつながる軸が通るような、地に足をつけて生きる力と指針を与えてくれる慈愛に満ちた一冊。あらためて、神道が日本人の日常を形作っていることを実感させてくれるでしょう。
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