古来、暦や潮見表、十五夜の行事などを通じて私たちの暮らしを司ってきた「お月様」について、今号より3回シリーズでお話いただきます。
神話による出自では、伊耶那岐大神の禊ぎ祓えによって誕生した貴い神さまの一柱「月読命」。天照大御神の弟で、建速須佐之男命の兄にあたる神さまです(※)。
※古事記(上巻)「三貴子の誕生」。『神道ことはじめ』第七章「神道の祓い清め」もぜひご覧くださいませ。
菜の花畑に 入り日薄れ
見渡す山の端 霞ふかし
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて におい淡し
吉川さん:この歌は小学校唱歌として著名な『朧月夜』(高野辰之作詞・岡野貞一作曲)です。令和の御代に入り我々に最も近い天体である月についての関心が益々高まりをみせ、たとえば太陰暦によるカレンダーを用いて季節感をより深く感じたり、
あるいは日光浴ならぬ月光浴を楽しむ女性や旧節供行事を個人的に行う人々も増えてきているといわれています。このような中、自ずとツキヨミノミコトに寄せる人々の意識や想いも強まっています。
ところで伊勢神宮にはツキヨミノミコトを祀るお宮が二ケ処あります。すなわち伊勢市中村町に鎮座する内宮所管の別宮「月読宮」と伊勢市宮後に鎮座する外宮所管の別宮「月夜見宮」です。
二つのお宮とも同じご祭神をお祀りしていますが、皆様方はその表記の違いにすぐにお気づきになられるのではないでしょうか。
歴史的にはツキヨミノミコトの表記については、「月読尊」「月夜見尊」「月弓尊」 等様々でありました。現在の表記は『延喜式』(九二七年成立)に基づいて、それぞれのお宮を峻別するために使われ始めたと一般的には考えられています。
しかしながら、今から約百年前にこれらの表記を定めた先人たちには、それだけに止まらず、おそらく祖先たちからの内宮と外宮におけるツキヨミノミコトのご神徳の相違を明らかに知った上で決定したものと見られます。
つまり内宮所管の「月読宮」の月読尊は、まさしく月の満ち欠けによる、潮の干満をも左右するエネルギーや暦を作り出すことを可能ならしめるパワーといったツキヨミノミコトの側面を祀っており、
「月夜見宮」の月夜見尊は、我々に満月の癒しの光をもたらすというエネルギーのツキヨミノミコトの側面を祀ったと思考されるのです。
吉川 竜実さんプロフィール
神宮参事・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。
平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第62回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。