神道ことはじめ 特別連載  「縄文文化と神道 Vol.15」

「神道ことはじめ」コラム

吉川さん:縄文文化に日本人の強くたくましい生命力溢れるアイデンティティーを見出した岡本太郎は、1970年にアジア初の万国博覧会であった大阪万博(EXPO70)でテーマプロデューサーをつとめ、巨大モニュメント〝太陽の塔〞を製作しました。

大阪万博は世界77カ国参加のもと、6421万8770人(1日平均35万人)の入場者を数え、2010年開催の上海万博まで万博史上最多の入場者数を誇りました。主催者の博覧会協会の執行予算891億円・関連公共事業費6500億円・会期中消費総額3300億円にものぼります。

生産誘発額は実に1兆5000億円にも及んだといわれていますので、そのスケールの大きさと大盛況ぶりには驚嘆せざるをえません。そして太陽の塔の総工費については約6億3000万円(テーマ館全体では約25億9000万円)であったとされており、この投企とうきについて彼は、

もしこのような投企が、日本人の心の奥底に秘められていたヴァイタリティーをよびさまし、1970年以降の日本の人間像の中に、たとえわずかなキザシでも、平気で己れを開き、野放図にふくらむ精神が現れてきたら……
私の万国博への賭けは大成功である。(岡本太郎著「万国博に賭けたもの」
(『日本万国博 建築・造形』所収)より)

と主張しています。

そもそも万国博覧会は1851年の第1回ロンドン万博以来一貫して、技術の進歩が人々を幸せにするという価値観のもと、国威発揚・技術礼賛・産業振興の三つの理念に支えられ国家がエンターテイメントの装いを借りて大衆を啓蒙する基本原理を有しています。

大阪万博もこの原理を踏襲し「人類の進歩と調和」をテーマに開催されましたが、太郎はこのテーマに基づいた先進国の科学技術礼賛を手放しには喜ばず、むしろ人間自体の尊厳と充実を高らかにうたいあげる必要性のあることを認識し〝太陽の塔〞を立てました。太郎は後年次のように述べています。

「人類は進化なんかしていない。なにが進歩だ。縄文土器の凄さを見ろ。ラスコーの壁画だって、ツタンカーメンだって、いまの人間にあんなもの作れるか。

〝調和〞と言うが、みんなが少しずつ自分を殺して、頭を下げあって、こっちも六分、相手も六分どおり。それで馴れあってる調和なんて卑しい。ガンガンとフェアーに相手とぶつかりあって、闘って、そこに生まれるのが本当の調和なんだ。まず闘わなければ調和は生まれない。

だから《太陽の塔》なんだ。EXPO70=進歩と調和だという訳で、テクノロジーを駆使し、ピカピカチャカチャカ、モダニズムが会場にあふれることは目に見えている。

それに対して、ガツーンとまったく反対のもの、太古の昔から、どんとそこに生えていたんじゃないかと思われるような、そして周囲とまったく調和しない、そういうものを突きつける必要があったんだ。」(岡本敏子著『岡本太郎に乾杯』所収より)

大阪万博開催より約40年前の1929年・18歳でパリに渡った太郎は心底から共鳴し志望する芸術がわからず数年間絶望の淵にいましたが、パブロ・ルイス・ピカソの抽象芸術との出会いが彼を救ったといいます。

それに感銘し魅了された太郎はピカソを乗り越えることを終生の目標に掲げ、己が芸術活動に邁進しました。1937年に開催されたパリ万博を観覧した太郎は、当博覧会を第二次世界大戦前において「パリ芸術界が咲かせた最後の華麗な花」と評し、同博スペイン館出品のピカソ描画の〝ゲルニカ〞を「近代美術史に輝く一頂点である」と絶賛しました。

それから約30年の歳月が流れそれらに呼応するかのように、大阪万博は開かれ当博のシンボル的存在として太郎芸術の金字塔〝太陽の塔〞は立てられました。太郎はその製作に賭けた意図を次のように語っています。

私の作ったものは、およそモダーニズムとは違う。気どった西欧的なかっこよさや、その逆の効果をねらった日本調の気分、ともども蹴とばして、ぽーんと、原始と現代を直結させたような、ベラボーな神像しんぞうをぶっ立てた。
(岡本太郎著「万国博に賭けたもの」(前掲書所収)より)

「太陽の塔」はそのシンボルである。根源によびかけ、生命の神秘をふきあげる、神像のようなつもり、それを会場の中心に、どっしりと根をはってすえつける。おおらかな凄みで、すべての人の存在感をうちひらき、人間の誇りを爆発させる司祭として。
(岡本太郎著「祭り」(『世界の仮面と神像』所収)より)

太陽の塔の存在は混迷を極める現代社会を生きるわれわれに日本人として誇りある生き方とその指針を与える、遠いわが祖先たちが有した縄文意識の覚醒を促す、太郎からの篤い魂と情熱が込められたまさしく〝縄文意識覚醒の神像〞と呼べるのではないでしょうか。(完)

特別連載は今号でしばらく休載になります。本連載「縄文文化と神道」に書き下ろしの原稿を加えて再編集した吉川竜実さんのご著書『神道の源流「縄文」からのメッセージ』をP57にてご紹介しています。あわせてご覧くださいませ。

吉川 よしかわ竜実たつみさんプロフィール

伊勢神宮禰宜・神宮徴古館・農業館館長、式年遷宮記念せんぐう館館長、教学課主任研究員。2016年G7伊勢サミットにおいて各国首相の伊勢神宮内宮の御垣内特別参拝を誘導。通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。

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