伊勢神宮の禰宜・吉川竜実さんに学ぶ「神道」ツキヨミノミコト②―月と真珠―

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日の神さまである天照大御神の弟であり、月の神さまであるツキヨミノミコト(月読尊・月夜見尊)を3回シリーズでご紹介しています。

第2回目の今回は日の神さまの働きを補完し強化するものとして古来大切にされてきた「真珠」にまつわるお話です。

菜の花や 月は東に 日は西に
与謝よさ
蕪村ぶそん

吉川さん: 上の句は、与謝蕪村が安永3年(1774)3月23日に兵庫県の六甲の摩耶山を訪問した際に詠んだ句です。

春の夕暮れ時、菜の花が一面に咲き誇っているところに、ちょうど満月に近い月が東からのぼり、一方太陽は西に沈んでいくという大変スケールの大きな絶景を描写しています。

ところで『日本書紀』によると、第11代垂仁天皇の御代に大和から近江・美濃を経て現在の大宮処である伊勢の五十鈴川のほとりに天照大御神がご鎮座されたのが今から約2000年前と伝えられています。

なぜ伊勢が選ばれたのかは、おそらくお祭りの斎行には欠かせない神饌しんせん(=神へのお供え物)を安定的に供給する豊かな地であったのが最たる理由であると考えられますが、ほかに「真珠」が採取できることも指摘できると思います。

それは大御神の伊勢鎮座を果された垂仁帝の皇女・倭姫命が伊勢の国を褒め称えられたことば(=国祝くにほぎ)の中に「太摩伎志売留国たまきしめるくに(=真珠が採取できる国の意)」(『太神宮本記』より)とあるからです。

『万葉集』巻七には

伊勢の海の 白あま郎の島津しまづが 鰒玉あわびだま
取りて
あともが 恋のしげけむ
海神わたつみの 持てる白玉 見まく
たびぞ りし かづきする海人あま

と見られ、古代「鰒玉」や「白玉」と呼ばれた真珠が登場します。

また20年に一度の式年遷宮の際には大御神に奉られる神宝の一つに真珠の存在があります。

真珠は月の引力の影響を受けた海の干満の中で育ちます。

その輝きのもとになる真珠層は、木の年輪と類似し貝の中に侵入した異物を包み込むために生じます。

およそ0.4ミクロンの層が1500〜2500枚程度巻かれ、月の引力の影響を受けた潮の満ち引きがその巻きを大きく左右し、また大潮の時には色素が分泌するともいわれています。

従って真珠のことを古代ローマでは「月のしずく」とも呼称しました(谷興征氏著バンクシアブックスVol.31『本当の輝きに出会う珠のお話』参照)。

天照大御神はよく「太陽(日)の女神」として称えられ、そのご神格には日の働きと恵みとが感得されてきました。

それを補完し強化するにはやはり月の影響下で育成された真珠が必要であり、遷宮ごとに大御神に奉献されるのではないでしょうか。


吉川 よしかわ竜実たつみさんプロフィール

伊勢神宮禰宜・神宮徴古館・農業館館長、式年遷宮記念せんぐう館館長、教学課主任研究員。2016年G7伊勢サミットにおいて各国首相の伊勢神宮内宮の御垣内特別参拝を誘導。通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。

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